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広島地方裁判所 昭和39年(行ウ)19号 判決 1967年4月17日

原告 釜田文徳

右訴訟代理人弁護士 高橋武夫

被告 広島県知事 永野厳雄

右指定代理人 広島法務局訟務部長 山田二郎

<ほか二名>

右訴訟代理人弁護士 内堀正治

同 神田昭二

主文

被告が、原告の薬局開設許可申請につき、昭和三九年二月一五日付でした不許可処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立て)≪省略≫

(請求の原因)

一、原告は、昭和三八年五月薬剤師国家試験に合格し免許を有する薬剤師であるが、同年八月一二日付の書面をもって、広島市東保健所を経由して、被告に対し、原告が住所地である広島市松原町八番一〇号(申請当時同町一〇五三番地)において薬局を開設するための許可申請をし、右申請は同月二〇日右保健所で受理された。

二、ところが、被告は、昭和三九年二月一五日付の書面をもって、原告の右申請を、薬事法第六条第二項および「薬局等の配置の基準を定める条例」(昭和三八年一〇月一日広島県条例第二九号)第三条の規定により薬局の設置の場所が配置の適正を欠く、との理由で不許可処分にした。

(なお、原告は同年二月一八日右不許可処分の通知を受けたので、同年三月一八日発信の郵便で厚生大臣に対し審査請求をしたが、いまだ裁決がない。)

三、≪以下省略≫

理由

請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。

そこで、まず、被告のした本件薬局開設不許可処分が申請時の許可基準によらないで処分時の許可基準によったことが違法か否かについて判断する。

原告が本件薬局開設許可申請をしたのは昭和三八年八月二〇日(広島市東保健所受付)であるが、その当時の薬局開設の許可基準は、薬事法第六条第一項(但し、一号の二を除く)だけであった。なぜならば、その当時、薬事法の一部を改正する法律(昭和三八年法律第一三五号、同年七月一二日公布施行)によって新たに加えられた薬事法第六条第二項の規定、すなわち薬局の設置の場所が配置上適正でなければならないという規定はすでに公布施行されていたが、右第六条第二項は、それ自体自足完結的な規定ではなく、同条第四項に基づく「薬局等の配置の基準を定める条例」(昭和三八年広島県条例、同年一〇月一日公布施行、これは≪証拠省略≫によって認められる。)が公布施行されてはじめて具体化されるので、その条例が公布施行されるまでは適用の余地がないからである。

しかし、被告が原告からの前記薬局開設許可申請につき不許可の処分をしたのは昭和三九年二月一五日付であるから、その当時にはすでに前記県条例が公布施行されていたので、その当時の薬局開設の許可基準は、薬事法第六条第一項、第二項、それに前記県条例第三条であった。

しからば、本件の場合のように、許可基準の変更前(前記県条例の施行前)にした申請をその変更後(前記県条例の施行後)に処理する場合、いかなる許可基準を適用すべきか、すなわち、申請時の法令で定める許可基準(薬事法第六条第一項)によるべきものか、それとも処分時の法令で定める許可基準(薬事法第六条第一項、第二項、前記県条例第三条)によるべきものか、前記改正薬事法および県条例には、その点に関する経過規定がない。もっとも、前記県条例第四条には、この条例の施行に関し必要な事項は、知事が定める、とあるけれども、その点に関し特別な定めがなされたとの主張、立証は存しない。

被告は、右のような場合、申請時の許可基準によるべき旨の経過規定のない以上、処分時の許可基準によるべきが当然であると主張するが、しかし、かかる経過規定が置かれるのは、既得の権利もしくは地位を尊重し、法律生活の安定を確保するうえから立法者が条理上当然のことを明文をもって確認したにすぎないものと解されるので、かかる経過規定の定めがないからといって申請時の許可基準に依拠すべきでないとは断定し難い。

むしろ、右のような場合には、社会情勢の変化等に基づき、個々人の既得の権利もしくは地位が侵害されてもやむを得ないと思量されるほどの、特に強い公益上の必要性が認められないかぎり、申請後に公布施行された処分時の許可基準によるべきではなく、申請時のそれによるのが相当であると解する。けだし、許可申請の受理によって、その時から、知事は受理当時の法令で定める許可基準に照らし、特に不適格な事情のない限り許可をなすべき法令上の義務を負い、これを申請人からみれば、申請人の許可申請が受理当時の許可基準に適合している以上当然に許可されるという利益(ないし期待)を有するから、この利益は、厳密な意味において既得の権利もしくは地位とはいい難いとしても、いわば既得的利益として、それらに準じて保護されて然るべきで、これを尊重することは、私人の権利保護並びに法律生活の安定上当然の要請というべきであるからである。(これ、新法不遡及の原則ないしは事後法の禁止の原則の趣旨とするところである。)

これに反し、申請時の許可基準を適用しないで、事後に定められた許可基準を適用することは、申請人の前記のごとき既得的利益(ないし期待)を奪うことになり(申請人は許可申請までに相当の設備等をしているのが通例である)法律生活の安定を害すること明らかである。

ところで、前記改正薬事法および県条例によって新たに加えられた薬局等の設置場所が配置上適正を欠くか否かの基準は(かかる基準を設けることが憲法第二二条に違反するか否かについての判断はしばらく措き)その基準の定立前(前記県条例の公布施行前)になされた許可申請にも適用すべきほどの公益上の必要性があるものとは認め難い。

(なお、被告知事としては、本件許可申請の受理後、すみやかに、薬事法第六条第二項を適用することなく(したがってまた同条第三項により薬事審議会の意見を聞く必要はない)、同条第一項のみによって、本件申請を処理すべきであった。そして、その処理にはそれほどの日数を要しないものであろうことは本件審理の結果に照らし容易に推察できる。しかるに、証人岡英彦の証言によって明らかなとおり、広島県では、改正薬事法が施行された以上、もはや改正前の規定(現行の薬事法第六条第一項と同じ、但し第一号の二を除く)によっては許否できないとの立場を採り、前記県条例の公布施行並びに新しい薬事審議会の発足を待って本件処分をし、しかも処分時の許可基準主義を唱えたわけであるが、被告の採った右措置は独自の法解釈に基づく恣意的なものといわざるを得ない。)

そうすると、本件処分の場合には、前記新法不遡及の原則ないしは事後法の禁止の原則にのっとり、申請時の許可基準(薬事法第六条第一項)によって許可不許可の決定をするのが相当であったといわなければならない。したがって、その許可基準によらずに、申請後に定めた許可基準(前記県条例第三条)を適用してなした被告の本件不許可処分は違法であり、爾余の点について判断を加えるまでもなく取消を免れない。

よって、被告のした右不許可処分の取消を求める本訴請求はこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊佐義里 裁判官 角田進 裁判官菅納一郎は転任のため署名捺印をすることができない。裁判長裁判官 熊佐義里)

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